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自然形体療法

関西予防医術研究所

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リウマチ

現実となったリウマチ克服への道

自然形体療法の手法でリウマチの痛み解消

この本の出版に際しては現自然形体療法総本部会長であり関西予防医術研究所代表の宇野敏一氏が一部原執筆と編集作業を担当し、友人のかんぽう社桐生敏明氏の全面協力で出版が実現したものである。

「リウマチこうすれば治る」この本は平成15年に出版され

現在は絶版になっています。

 

自然形体療法創始者山田洋氏によって執筆されたこの本には

「治療経過の重症例」4例が詳細に報告されています。

 

その一人は完治して、その事実を病院の検査で証明された方であり

現在治療中という3名の方の経過も報告されています。

 

《これらの方の体験記を自然形体療法総本部の許可を得て次章に転載します≫

 

 

さて、リウマチは30代から40代以後50代に多く発生しますが

近年では若年性関節リウマチ(16歳以下)も問題になってきています。

 

耐えがたい苦痛にじっと耐え、出口の見えない孤立無援の辛抱は察するに余りあります。しかし、ここに来てようやく苦痛からの解放が現実のものとなってきました。

 

自然形体療法ではリウマチの関節の痛み解消法は理論的にも手法的にも各部位別に完成されています。簡単に解消できるものばかりではありません。驚くほどあっけなく解消する痛みも、同じことを何度も何度も繰り返して軽減していく痛みもあります。

 

確かにリウマチに施術が効果的であるのは間違いありませんが、痛みを解消することができるということとリウマチが寛解することとは違うという問題も内包しています。

 

これまで自然形体療法は施術のみでリウマチの痛み解消に取り組んできて一定の成果を上げてきました。しかし、限界があるのも事実でした。

 

そこで、私が自然形体療法総本部会長を引き受けてから取り組んできましたのは、外部から物理的な手法でアプローチする施術に加え、医学的に検証しながら身体の内部に働きかける有効な治療法を確立することでした。

 

これは単なる希望ではなく、その根拠となる以下の事実があるからです。

 

水素水でリウマチ寛解率87%という研究結果

 

20153月に寛解率87%という衝撃的なリウマチに関する

研究結果が発表されたことはご存知でしょうか。少々難しくなりますが概要をお伝えします。

第五回分子状水素医学シンポジウム

(リウマチシンポジウム冊子20153月号より抜粋)

 

水素分子に期待される血管運動機能改善作用

石橋徹

原土井病院、リウマチ科、整形外科

 

57症例のリウマチ患者のうち、最新の製剤を用いて治療した場合に

DAS28*のリウマチ疾患活動性スコアの評価基準で寛解率は36%

患者の総合評価1以下の評価基準では寛解率は6%である。

これに対して23ヶ月の高濃度水素水の飲水で87%の患者が寛解した。

DAS28*

DASとはDisease Activity Scoreの略で、RAの疾患活動性をスコア化しようということでヨーロッパリウマチ学会(EULAR)が考案した指標です。

これは、いくつかの指標を組み合わせることにより、RAの活動性を絶対的な数値で表現しようというもので、改良が重ねられた結果、全身28関節(下図参照)における疼痛関節数、腫脹関節数、患者総合VASESRにて評価する方法が一般的です(28関節で評価するDASDAS28といいます)。これらの数値を公式に当てはめてDAS28を算出します。また、このDAS28の点数により、DAS28>5.1を高活動性、DAS28<3.2を低活動性、その間を中活動性と考え、特にDAS28<2.6は寛解状態にあると判断されます。

 

23ケ月の高濃度水素水の飲水で87%のリウマチ患者が寛解した」というこの事実は苦痛に耐えているリウマチ患者さんの大きな希望となるはずです。

 

今日から痛みが軽くなる!そして完治へ

 

自然形体療法総本部では既に医学的裏付けのため、医学博士藤村克也先生をお迎えしましています。

滋賀県の長浜バイオ大学に隣接する長浜バイオインキュベーションセンター内に一般社団法人先制医療研究所の研究室を開設し藤村博士による本格的ないくつかの研究をスタートしています。

長浜バイオ大学

バイオ大学に隣接する
インキュベーションセンター

 藤村博士は1型アレルギーの専門家であり、医療用水素水の研究家としても知られています。そして、すでに大学病院等で使われる医療用水素水と同等の水素水発生装置を開発されています。

 自然形体療法による施術と藤村博士開発の水素水の飲用を並行すること。そうすれば施術開始時からリウマチによる苦痛が軽減・解消すると同時に身体の中からリウマチ寛解に向けての効果が発揮されます。自然形体療法と水素水のコラボが夢を実現するのです。

 

ところで皆さんはアレルギー紫斑病という病気をお聞きになったことがありますか?

 

2~3才からの子供に多く、手足や腹部等に紫斑ができ腹痛や下肢痛も見られ、腎臓病が発症する可能性のある病気です。

今なお有効な治療法がなく日本でも母子ともどもに苦しんでおられる方が2万人以上いると推定されています。

 自然形体療法ではアレルギー性紫斑病に関しても、リウマチと同様治癒理論も施術法、手法も確立しており完治例も豊富にあります。

ただ、紫斑病もリウマチと同様、身体の中から働きかける有効な方法を講じないと難しい事例があります。藤村先生のご指導のもと施術と医療用水素水飲用と合わせた医学的裏付けのための研究が既に進められており体験会も実施しています。

なぜアレルギー性紫斑病の話を出したかといいますと、このアレルギー性紫斑病、実は別名リウマチ紫斑病とも呼ばれているのです。

 

自然形体療法はアレルギー性紫斑病とリウマチの医学的関係は全く知りませんでした。ただこの両者に即効性をもった効果があるという事実は共通しています。そこに、水素水の摂取を加えることで限りなく100%に近い寛解の可能性が広がってきたのです。

 

なぜ治る!プロセス解明が研究課題

 

リウマチについて紫斑病と同様、水素水の摂取と自然形体療法による施術の併用で効果があることを経験則としては私たちは知っています。

施術するとその場で痛みが軽減するという事実と水素水の摂取で87%の寛解率というこの二つの事実があります。なぜそうなるのかが解明されていないのです。途中プロセスを医学的に解明することがこれからの研究課題です。

 

身体の外から施術することで痛みを解消

身体の中から医療用水素水を効果的に飲用することでリウマチの根本原因を解消

この両者の相乗効果を医学的に確認

 

自然形体療法と藤村博士の研究している医療用水素水の効果的摂取のノウハウを組み合わせることでリウマチが限りな100%に近い寛解率となることを目指していきます。

 

研究課題は明確であり刻一刻と解明されていくと思いますが、何より大切なのは今この瞬間も耐えがたい苦痛に耐えておられる方々の救済です。

 

リウマチの痛みに苦しんでいる方まずはご一報下さい。

 

現状をお聞きしたうえで、今後の見通しを説明させて頂きます

 

075-661-1662

以下「リウマチこうすれば治る」の本に掲載されているリウマチの症例を掲載します。

      (自然形体療法総本部の許可なく転載すること禁止)

難病リウマチとの戦い

初診時の症状(著者注1)

初診時は痛みと腫れの為に短距離歩行も困難で付き添われて治療に来られた方の例。初診時の症状。

・リウマチ(H12~服薬・・・効果なし)

・首痛

・左右肩痛

・左腕痛

・左右手先痛、痺れ

・左右下半身痛

・左膝痛

・左右大腿痛

・右膝つり

・右ふくらはぎ脱力

・右足首痛

・左右足先痛)

 

現在治療中43歳女性

 

平成九年六月。「痛い。」 激痛が走ったのは皆も寝静まった真夜中の事でした。いつものようにお風呂に入り、一日の仕事の疲れをとって寝ていたところ、寝返りを打とうとしても体が動かないのです。両肩・両腕の激痛に焦りを感じつつ、いつしかまた眠りに就いていました。やがて障子がうっすらと明らんで来た頃、そっと腕を動かしてみると痛みは無く、肩を動かしてみても普通に動かせたのです。ホッと胸を撫で下ろし、また眠りの中に入っていきました。

 

翌日、職場の昼休みに整形外科でレントゲンを撮り、診断の結果は五十肩でした。仕事上、重い書類の入った箱を脚立に上がっての上げ下ろし作業が原因なのだと納得し、痛み止めの飲み薬をもらいました。その後も薬を飲む事なく、平穏な日々が過ぎました。

 

初期の状態(2002.8.5)

平成十一年九月。
毎年受診する成人病検査で「異常なし」の結果に、職場の上司から「あんた丈夫な体なんだね。親に感謝しなきゃだめだよ。」と言われ、思い返せば高校時代三年間無欠席で皆勤賞を貰い、会社に入社してからも、病気と言えば風邪位の医者要らずの生活をしていたなと改めて親への感謝の思いで一杯でした。
ところが、それから何週間も経たない内に体に異常を感じたのです。
二年前の夜の痛みに似たものが、体全体を走るのです。

朝起きようとするとこわばりがあり、自然な体の動作が出来るまでに、三十分から一時間はかかるのです。日を追うごとに動作は鈍くなっていきました。(著者注2)

2ヶ月目の状態(2002.10.2)

翌月、心配してくれる職場の人の紹介で、神経内科へ受診、血液検査・レントゲン・骨粗鬆症の三種類の検査。後日結果は「リウマチですね。手や足の骨の異常はありません。リウマチの薬を飲むと骨が弱るので、カルシウムを意識して取るようにして下さい。
食欲が増すので、食べ過ぎないよう注意して下さい。」と医者の指示があったのです。

その時はリウマチとはどういう病気なのか想像がつきませんでした。テレビの旅行番組で「温泉の効能は、リウマチ・神経痛・・・。」と耳にする程度で、家族・親戚も含め私の周りには誰一人としてリウマチ患者はいないのです。

初期の状態(2002.8.5)

職場の人に聞いても、皆ピンとこないようで、頭を傾けるばかりでした。上司から「病気が進行しないように、漢方薬飲んではどうかね。」と助言をいただきました。

その頃の私の体は、こわばりが強くなり、机を拭くにも、雑巾が絞れず、寒さに敏感になり、機械のカバーを外すにも毛糸の手袋をしながらで、周りの人も皆「大丈夫なの?」 「寒くなると大変だね。無理しないでね。」と暖かい言葉を掛けられるたび、目頭が熱くなり、早くどうにかしなければと、漢方薬を飲む決心をしたのです。プロポリス・鮫の軟骨等、三種類を服用しました。(著者注3)

2か月目の状態(2002.10.25)

やがて、季節も冬から春に変わり、暖かな日射しが差し込むようになっても、一向に良くならず、どこにもこの痛みをぶつけられず暗い毎日でした。行きつけの美容院で愚痴をこぼすようになったある日、整体療術院を紹介されたのです。そこでのマッサージも、最初は楽になったように思われたのですが、回数を重ねる内にお灸や電子針なるものを使うようになり、それが私には苦痛へと変わり、次第に足が遠のいてしまいました。(著者注4)

 

しかし、この先生に学んだ事は、薬は三ヶ月飲み続けて変化が無ければ止めてもよい、という事でした。(著者注5)

 

神経内科で出している薬を、Oリングテストしてみると、私の体に合わない薬がある事が判明できたのです。この整体では、免疫を高める健康補助食品という事で、液体のドリンク剤らしきものを勧められ、今までの漢方薬は止めました。このドリンク剤は飲むと非常に体中が暖かくなり、効果がありそうな予感がしたのですが、三ヶ月過ぎても全然体調に変化がみられず止めました。(著者注6)

 

平成十二年五月。私の転勤に伴い、リウマチの専門医のいる病院に変えました。検査結果は、慢性関節痛リウマチ。抗リウマチ剤・ステロイド剤・非ステロイド性消炎鎮痛剤を一日三回服用する分と、朝夕一日二回服用する分で、調剤薬局から出てくる時はまるでスーパーの買い物帰りと同じ位、ビニール袋に詰められているのです。

 

毎日規則正しく服用しているにもかかわらず、左手の中指の関節が腫れ、黒ずんで痛みが伴うようになり、右手首も腫れ、力が入らない状態で、不自由を感じ始めたかと思っている内、今度は両足に鉛が付いているような重圧を感じ、足首から足の甲には厚い氷の板が置いてあるような冷たさを感じ、足の裏はぶよぶよしているようで、歩いた時に踏ん張りが利かなくなったのです。(著者注7)

 

医者に説明しても手をサーッと触れるだけ。二ヶ月に一回ずつ血液検査をしても、基準を遥かに上回る数値で、免疫抑制剤が追加されていきました。(著者注8)

 

それでも、これだけの量を服用してもビクリともしない私の内臓を褒めてあげたいと思いました。
しかしながら毎日の痛みを少しでも和らげたくて、近所の接骨院で高周波の浴槽に膝まで入れその後はマッサージ、電気をかけ、時にはテーピングで足首を固定してもらっていました。(著者注9)

 

平成十四年二月。どうにか寒い冬も痛い体にむち打って乗り切ってはみるのですが、気持ちは勝っても、足の方が言う事を聞かなくなっていました。仕事をする上でも、足を引きずって歩く有様です。時にはたどたどしく歩く自分が惨めになり、小走りに動いたり、心配そうに見られるのが辛いのです。

 

次第に足首が固まり、膝を伸ばして歩くので、丁度ロボットと同じ格好で歩いていました。会社のロッカーで制服に着替える時は、鍵が鍵穴に入れられずうろたえたり、鍵を回すのは両手で、それでも出来ない時は近くにいる先輩にお願いして開けてもらう始末。「大変ね。大丈夫なの?」と言われ「もう駄目みたいです。」と半分冗談のつもりで返す言葉も、時が過ぎるごとに、自分自身に悲鳴をあげていたように思われます。

 

ロッカーを開き、いざ着替え。靴を脱ぐにも片手は常にロッカーの角に掴まり、服は腕が上まで挙がらないのでセーター類は大きくゆとりのある物、指先の動きも悪いので、ボタンの掛け外しは至難の技。手首の力が弱いので、いつも腰にゴムの入ったズボンを履いていました。どうせコートを上に着ているので、中はどんなスタイルでもお構いなしです。


もう今の私にはお洒落をする気持ちどころか全てが煩わしく、何も考えられなくなっていたのです。(著者注10)

 

そんな折り、転勤先の職場でも親身になってくれる人が現れました。そしてその話によって、わたしの人生の大きな転機になったのです。
それは、現在私が治療でお世話になっている山田先生の著書「こうすればすべての痛みは簡単にとれる!」を読ませてもらってからの事でした。


この本の中に「リウマチは病気ではない。薬も何も飲む必要は全くない。痛みが止まるまでは、出来るだけ毎日治療した方が良い。確実に痛みも腫れも無くなる。」と意表を付く文面が次々に目に飛び込んでくるのです。同様にこの本を読んだ上司が「OOさん。リウマチは病気じゃないそうだよ。この先生に見てもらったらどうだね。」と言われると同時に、自分自身心動くものがあったのです。

 

帰宅後家族に相談し、翌日、はやる気持ちを抑えつつ受話器を持ちました。
こうして初めて自然形体療法の扉を開いたのです。治療方法は無痛で、器具は使用せず、服を着たまま先生の腕一つです。ベッドに横になり病状を説明している内に、重く痛かった足が、先生の「どうですか?足を動かしてみて下さい。」の言葉に恐る恐る動かしてみると、な、なんとも不思議な事に痛みもなければ、さっきまで鉛が付いていたような足首も自由自在に軽々動くではありませんか。動揺した私は「あれ?痛くありません。動きます。えっ?どうしてですか?さっきまで全然動かせなかったのに動きます。あれー!不思議。どうしてですか?」

 

先生はにっこり笑いながら私の手首の治療を始めています。
「さあ。どうですか?」また先生は手早く治して私に問い掛けるのです。奇跡としか言いようのない、狐につままれたような状況でした。

 

次に体全体を揺すりながら「リウマチは病気ではありません。必ず治ります。でも今飲んでいる薬は止めて下さい。飲んでも意味ありませんよ。逆に体に害を及ぼすだけですからね。」と、先程とは一転して強い口調に変わり、自信に満ちていました。私は「先生のパワーは素晴らしいものですね。」と言うと「パワーじゃありませんよ。」と笑って答えて下さいました。二十分位経過したでしょうか。


「歩いてみて下さい。」と先生に言われ、ベッドから降り膝に力を入れ立ってみると、足首の重さ・足の裏の違和感が無くなり、普通の歩き方が出来たのです。「先生、歩けます。どこも痛くありません。どうもありがとうございました。」もう嬉しくて仕方ありませんでした。忘れていた歩くという感覚が蘇ったのです。目頭が熱くなった私に、先生は笑いながら「良かったね。でも、無理はしないように。」この一言が後で大事件になるとは考えもしませんでした。(著者注11)

 


帰り道、「こうやればすべての痛みは簡単にとれる!」をバス停で読んでいると、さまざまな病気に立ち向かっている患者さんの体験を知り、今以前のように歩ける自分に戻ったけれど、苦痛に耐えた三年間。漢方、整体、病院での治療、西洋医学、東洋医学の賛否両論ある中で、私たち患者は病気の痛みに耐え多額のお金を使い、早く治りたいと願っているのに・・・と、感傷的になっていました。


家に着くなり、待っていた家族の目に映った私の姿は、まさか、あれ?やったー。の感動ものでした。母も、主人も、息子も誰一人想像もしない世界の人だったのでしょう。

 

次の日、前々から予定して行けるかどうか心配だったコンサートでしたが、これで大丈夫。コンサート中は、この場に居られる喜びで涙も出ましたが、終わりが近づくにつれ場内も盛り上がり、観客は総立ち、もちろん私も体中で表現したくなり、両手は頭の上で手拍子をとり、歌を口ずさみ、体はリズムをとってのりのり状態です。「やぁー、良かったよ。体が動けるって最高。」と迎えに来てくれた主人に、車の中で興奮気味に話す私。それを見てニコッと微笑み「よかったなあ」と答える主人でした。

 

ところが皮肉な事に、翌日の朝、体に異常を感じ目が覚めました。体中にこわばりがあり戻ってしまったことを悟りました。でも昨日のコンサートで無理をしたと思いたくなかったのですが、やはりショックでした。

 

会社の仕事もどうにか勤まり、山田先生のもとへ、ベッドに横になり待っていると、「どうですか」と先生に聞かれ「また体中痛いです。思うように歩けません。」
元気なく答える私に「無理するなと言ったでしょう。まだ体は、今までの痛みのある体を覚えているから戻るんですよ。」と説明しながらも、先生の手は私の足首をほぐしていました。その痛みの激しい事。(著者注12)

 

心も体もボロボロです。反省しながらも、この前と同様すぐ戻るだろうと安易に考えていました。治療後、立った瞬間から足首が重く痛く、痛みをかばう為にまたロボットのような歩き方になりました。その日から、タクシーを使っての帰宅となりました。週三回の治療日は休まず、会社の帰りバスで行き、帰りはタクシーと、出来る限り続けて、早く治そうと必死でした。(著者注13)

 

あっという間に世間は入学式やら、お花見やらと、それぞれ四月を楽しく過ごす中で、
一向に体の痛みの休まる日は来ません。二十四時間、三百六十五日痛みのない日など無いのです。朝のこわばりは日毎激しく、布団の寝床から起きてすぐにトイレにも行けないのです。途中に置いてある椅子に座って、五分位休み「よし、行くぞ」と気合いを入れ「神様、どうか歩けるように。」と祈り、普通五分で歩ける所、小刻みに引きずるようにして、どうにかたどり着くのです。朝八時、会社に行くときも、近所の人の目があるので、無理をしながら小走りで通り過ぎたり、(実は歩くより小走りの方が楽なのです。)(著者注14)

 

バスの乗り降りの階段は、手すりを使ってもやっと上り下りできる始末。バス停から会社まで数分で行ける所が、十五分もかかり、歩行者は皆、私を邪魔そうに脇を通って行くのでした。
なんと惨めな事か。また涙が出そうになります。職場にいてもすべてが苦痛になり、「誰か、どうにかしてくれー。」と心の中で叫び続けていました。

 

ある日、そんな私を見かねた上司が「あんた仕事できるのかね。大分辛そうだけど。」とうとう人の目にも悪く映ってしまった。休暇をもらって治療に専念するしかないと、その時決心がついたのでした。

 


平成十四年五月。とりあえず一ヶ月の休暇届けを出し、ひたすら山田先生のもとへ。四月の末から大型連休に入り、一週間の休診。


私の心配をよそに、肩が痛い時はこうして、足の痛みはこうやってと、自分で出来る対処法を教えて頂けたので、どうにか不安を減らす事が出来ました。が、その分後半は、体も悲鳴をあげ、休み明けの治療は思いの他きついものでした。

 

六月に入ると梅雨のせいで、こわばりが倍増します。(著者注15)


体が重く、だるく、手のつけられないほどの痛みが襲ってきます。主人や息子を送り出すやいなや、布団にもぐりひたすら暖かくしていると、午後からはどうにかこわばりも軽くなるような気がしました。先生には、むくみを取るには無理をしないようにと忠告されました。その頃の行動は、食事・トイレ・お風呂・布団の中だけです。家事一切は母にお願いするしかありませんでした。(著者注16)

 

少し歩いただけで象のようにむくむ足。それが膝の下に半分に折り曲げた座布団を置くだけで、足の裏も足首もジーンという感じがだんだん薄れ、翌朝には、自然とむくみが取れているのです。使ってはむくみ、むくんでは横になる。この状態の繰り返しの中で、次第にむくみの度合いも少なくなっていくのです。

 

そんな生活を送っていたある日の夜。夕食も済ませ、そろそろトイレに行こうかと椅子から立ち上がった瞬間、足音の痛みがいつもと違うなと感じながらも、一歩踏み出そうと片足を上げるのですが、前に出るどころか上がりもしないのです。「あれっ!おかしいよ。


足が動かなくなったよ。どうしよう。」隣の部屋に居る母に叫ぶと、母は慌てて駆けつけるなり、「どうしたの。どれ、両手貸して見て」と、まるで赤ちゃんがお母さんに歩き方を教わるような光景でした。「どれ、もう一度立って見た。慌てないで。」と母に両手をつかんでもらいながら立つのですが、やはり足は一歩も出ないのです。「だめだね、どうすればいいの。」半泣き状態の私に、すかさず母は時計を見るなり「まだ診察終わってないから、山田先生に電話して聞いて見なさい。」さすがに冷静な母の判断。

 

電話をかけると、「はい、山田です。どうされましたか?」と先生の声に「お忙しい所すいません。○○ですが・・・。」と、事情を説明すると、先生は素早く回答され、その処置方法でやってみると、またビックリ。交互に足が前に進んだのです。改めて先生に感謝。私を救ってくれるのは、山田先生以外にはいないと実感しました。(著者注17)

 

七月頃から、少しずつ歩くようにと指示されました。(著者注18)


ところが、筋肉が衰え、歩く時の重心をどこにかければいいのか忘れてしまっているのです。足首から足の甲にかけて曲げると激痛が走るので、股上げをする格好で足の裏をバタンと落とす。腰にも力が入らないので、重心が下にいき、膝を曲げ、常に部屋の棚や障子の桟・椅子の肘当て・・・。などの飛び出している部分を次々につかまって歩き、廊下は壁づたいに手を付きながら、歩行練習を繰り返しやりました。

 


その内に、足の裏のむくみが少しずつひくようになり、それまで足の裏が下に着くと、ジーンとした感覚(正座してしびれが切れた後のいつまでも残るイライラする感じ)が少なくなり、意識して踵→足の裏→指の順に力を移動させ最後に踏み切る。この動作が無意識に今までやってきたのだと頭で考えながら、ゆっくり、ゆっくり歩いていました。


ところが、どうしてこう次々に悩みが生まれるのでしょう。以前から手首の力が入らない不便さに輪をかけて、指が固まり始め、右手の人差し指と、左手の中指の関節が黒ずんで痛みながら腫れ上がり、他の指もうまく握れないのです。

 

 

お風呂に入るのが困難になったので、手すりを付け、椅子も高く大きな安定した物に替え、入浴時間も夜になると体が固まり、恐怖心が強くなるので、まだ明るい午後四時頃と決めました。腕も上がらず次第に一人で入るのが困難となり、常に母に介護してもらい、背中を流す事、浴槽に入ったり出たりする時に、手すりを握る手に母の手を添えてもらっていました。

 

そんなことを毎日続けていく内、母の体は一変に痩せ細り、精神力で私を介護しているように映り、母の寝顔を見るたび、涙が止めどなく流れてきました。その後、母の負担を少しでも軽くしようと、入浴時にやったことが、かえって左腕に負担をかけ、脇の下がガチガチに固まり、左腕が今まで以上に上がらなくなってしまう羽目になってしまいました。

 

毎日話す母との対話の最後には、どうしてリウマチになったのかが不思議で仕方ないと言うのが結論でした。そういえば、山田先生に聞かれたことを思い出しました。「どんな仕事をしていたのですか。」そこでピンと来るものがあったのです。「大分前になりますが、数年間常時18度~20度の部屋での作業を続けていたことがありました。」と話すと、それもリウマチになった要因の一つと考えられるようです。(著者注19)

 

八月に入り、職場の上司から「その後の経過はどうですか。一人前に行動出来るようになってから出勤して下さい。」と経過報告は月に二度しているのです。いつも話の最後は、「気持ちが大事ですよ。気持ちを強く持って下さい。待ってますよ。」会社を休んで五ヶ月目。焦る気持ちとは裏腹に、目覚ましい進歩が見られない毎日。足のむくみは以前に比べひいているし、足首から甲にかけて鉄板が付いているような違和感も無くなり、手首の腫れも大分ひき、先生も喜んでいらっしゃるので、私も嬉しくはあるのですが、早く結果を出したいのです。


残暑厳しい九月。朝晩の温度が涼しさを増すようになると、私の体のこわばりが、梅雨時と同様になり痛みも増し、だるささえ感じるようになり「もうどうにかしてくれ。」と叫びたくなるほど、イライラしてきます。

 


この日も治療でベッドに横になり、自然に涙がこぼれてしまいました。実は、朝から情緒不安定の所へ、隣のベッドの患者さんと先生の対話の中で「後一回か二回来れば終わりです。大丈夫ですよ。」と先生の笑い声と「そうですか。どうもありがとうございました。」と患者さんの喜ぶ声を聞いてたからでした。

 

いつになったら私もこんな対話が出来るのだろうと心配になったからなのです。そんな私の異変に気づかれた山田先生は「天気が悪くなったり、雨が降ったりする時は、気圧が低下しているので、体も痛くなるのですよ。でも今の体は、治そうとしている所に感じる痛みだから心配する必要はありません。」と、励まして下さいました。その言葉でまた私の目に涙。長い間この痛みに耐え続け、人前では涙を見せてはいけないと、ずっと耐えてきたものが、今一気に吹き出してしまっていたのでした。

 

「こういう時は、頭にタオルをギュッと結んで、膝を立て、両手首をぶらぶらさせた状態にして、どうなりますか。」と先生の問いに、
「すきっとしてきました。」また一つ対処法を伝授して頂きました。(著者注20)

 

今、これまでを振り返ってみると、あの病院の待合室で目に飛び込んできた光景は、私の将来の姿でした。指は変形し、歩行が困難になり介護者に車いすを押してもらっての通院生活。でも、決して暗い人はいませんでした。お互い一ヶ月に一回、元気な顔に会えた喜び、情報交換をしながら励まし合っている姿でした。しかし自分に置き換えた時、どうしてこの病気が私に取り付いてしまったのだろうと思うと同時に、瞳は濡れていました。

 

山田先生との出会いは、私に大きな希望を与えて下さいました。治療を続けていても、時には痛みが前回よりも増していたりして落ち込んでいる私を「リウマチの痛みは、なった人でなければ判らないですよ。普通の痛みとは全然違いますからね。大変でしたね。」
その言葉に、私を理解してくれる人に初めて出会えたという嬉しさで、今まで背負っていたものが、すーと軽くなった感じでした。

 

そのはなしを母にしてからは、リウマチに対する理解が変わり、私に対する愛情もより強いものになりました。そして、主人も息子も台所に立つ母に協力的になり、家族ってありがたいなと実感しています。今年七十四歳になる母。

普通なら私が老後を見てあげているはずだったのに・・・・。弱音を吐いて泣く私を叱る息子。山田先生を信じて頑張れと励ます主人。毎月心配して電話をかけてくれる職場の友。ようやく、足のくるぶしの腫れがなくなり靴の踵を踏まずに履ける。顔を洗える。床の物をしゃがんで取れる。指先に少し力が入り、袋を開けられる。干し物バサミを使える。洗濯槽で絡まった物を、ほぐして脱水槽に入れられる。モップで廊下の掃除ができる。日々、できる事が増えて自信につながり、前向きに喜びを感じています。

 

只今、人体改造中。サラサラな血液が流れるよう、日夜水を飲んでいます。先日、心配して水を持って駆け付けて下さった前の職場の副部長、大変感謝致します。まだ一人前に歩けませんが、一日も早く自由に歩き、走れる日々を信じ、今日も先生のものへと急ぎます。山田先生これからもよろしくお願い致します。そして、職場の皆さん。私のこと忘れないで下さいね。

 

私のリウマチとの戦いはまだ終わりません。
勝利を確信できる日まで、私の名前は伏せさせて頂きます。


最近、かかとで歩いていると先生に指摘され、足の裏の指の付け根に力が入るよう、寝た状態で壁を押したり、片足立ちをする練習に努めています。治療の方法も日ごとに変わり、ふくらはぎをもみほぐしながら(著者注21)足首に向かって押し出すような動作や、足首をおさえてかかとを押し、関節をはめ込む。甲の曲げ伸ばし指先をほぐすことで、その時は足全体が軽くなるのです。

 

他にも朝起きる時、ゆっくり足首の曲げ伸ばしをすることで歩き始めの足が少しずつ軽くなり、足運びが良い日もあります。しかし、悪い日は、足の指に力が入らずくるぶしが腫れ、歩く時の重心が踵にくるので膝が伸びず、曲げていることが負担となり痛みを伴ったりすると、こんな時先生に治療していただければすぐに楽になるのにと思うばかりです。(著者注22)

 

こうやって良くなったり、戻ったりしながらでも、少しずつ前進している実感はあります。先生から六割から七割は直ってますと報告を受け、あと少しと自分にはっぱをかけています。


もう我が家では暖房器具を使っています。
これで、体のこわばりが少しは和らいでいるのです。夜、椅子に坐っている時足首や足の甲がじんじんしながら固まり、足の裏が痺れるようなもわもわした感覚で、ふくらはぎもがちがちに固まった時もあったし、歩いている時にポキポキ音がするのは骨の音ではなく、じん帯の音と知り不安は消え、今まで重いと感じていた羽毛布団もだんだん軽く感じるようになってきました。立っている時間も長くなり、手首の力も入るようになったので茶碗洗いもできるようになってきました。

 

十月に入り、半年ぶりに会社にも出勤できるまでになりました。職場の人からは、「顔色がよくなったね。前は黒ずんでいたけど、きれいになったよ。」「やせたね。」皆、口々に褒めてくれるので、とてもいい気分です。午後からは疲れが出て歩くことも苦痛になりましたが、この半年間の治療が皆に認めてもらえたことが何より嬉しかったです。仕事は体の負担のかからないように配慮していただきどうにか初日から一日中仕事をすることもできました。病院での血液検査の結果もおおむね基準内に収まっています。薬は飲んでいないのですが・・・・・。(著者注23)

 

山田先生も県外からの難病患者さんが増え、益々多忙でいらっしゃいますが、また寒く厳しい冬が来る前に、私のリウマチを完治して下さい。以前の体に一日も早く戻れるよう私も治療に専念します。皆さんの励ましと期待に答えられるように。
(著者注24)

 

著者注解説
(43才 女性の例)

(著者注1:初診時は痛みと腫れの為に短距離歩行も困難で付き添われて治療に来られた方の例)

(著者注2:これがリウマチの初期症状である。身体改造工事が始まった初期であり、この頃に治療すると簡単に治る)

(著者注3:寒くなると体温調節のために身体は筋肉を震わせて熱を発生させるので、全身の筋肉が疲労する。このことが疲労を増幅し、元来無理が来ている関節はより損傷を受けて痛み出すのである)

(著者注4:治療と名のつくもので、色々と他の治療法を羅列しているところがあるが、それは最初から治せないと表明しているようなものである。何故かと言うと理論も方法も違う治療法を幾つもやっているのは、どれもがその治療法だけでは治せないからであり、理論が矛盾している場合もあるのである。)

(著者注5:薬は劇物である。3ヶ月というお試し期間は長すぎる。せいぜい習慣がお試し期間である。薬物は真の治療ではなく、無理に症状を抑えるのであるから即効性があり、大抵は数時間内に効果が出なければおかしいのである。)

(著者注6:栄養補助食品や特定の食品を摂ることも本来の健康からは邪道である。健康な人は普通に食事をしていても十分に健康なのであり、治療とはそうした健康な状態を目指すべきなのである。もちろん緊急避難的一時的にそうしたものを摂取することを否定するものではない。)

(著者注7:このように痛みが発生する場所は左右対称でもなく、順番があるわけではないのである)

(著者注8:免疫異常ではないのでいくら抑制剤を投与しても改善どころか悪化するのである。前述の3ヶ月服用しても..ではないが、長期間服用しても悪化するのに、世界中の医師、研究者、教授達が何の疑問も持たず、原因を追究しようともせず、診断を疑おうともしない頑迷さには呆れるばかりである。)

(著者注9:リウマチの痛みは並大抵の痛みではない。切り傷や打撲その他の痛みとは違い、断続することのない痛みである。耐え難い痛みに、藁にもすがる思いで、あらゆる治療法を試したくなるのは当然のなりゆきである。)

(著者注10:人間は希望がないと生きるのも苦痛になり、無気力になる。激痛の中で治る見込みもなく、ひたすら効果のない薬を飲み続ける苦痛に精神も打ちのめされてゆく。とても化粧やお洒落どころではない。顔の表情も無くなり、苦渋の能面のようになる。)

(著者注11:ここが肝心なところです。リウマチの痛みは自然形体の治療で、大抵はその場で消失します。ここで無理をせずにあまり動き過ぎないようにしていれば、あっという間に良くなるのです。ところが3年間も苦しんだこの方や重症の患者さんにとっては、痛みがなくなると治ってしまったような気分になるので、無理をするなといっても無駄です。ほとんど聞いていないのではと思えるほど、無理をします。長年の苦しみから一気に解放された喜びが余りにも大きくて、抑えが利かなくなるようです。この方の場合もそうでした。)

(著者注12:この記述について、ご本人に尋ねました。治療中に痛かったのですか?と。実はそうではなく、治療が終わって立つときに足首が痛かったのだそうです。決して治療が痛いわけではありませんので、念のために申し添えます。尚、治療後に立ち上がる時の痛みを解消する方法は現在では確立していますので、こうしたことは今ではありません。又、この場合の自己療法もこの本の中に写真入で紹介しています。)

(著者注13:この方の場合はコンサートでの無理で、地雷を踏んだような事になりました。無理が祟って、症状が一気に悪化してしまったのです。)

(著者注14:これは歩くときと走るときの筋肉の動かし方の違いによるものですが、だからといって走れば身体の関節に大きな衝撃がかかりますので後で悪化しますから、決してそうしたことはやってはいけません。)

(著者注15:梅雨のせいではなく、低気圧が原因です。雨(湿度)が原因なら、お風呂は湿度100%ですから、お風呂にはいれば同じ症状がでるという理屈になりますが、層はなりません。気圧が原因で身体全体が膨張し、相対的に低血圧になり、脳も筋肉も酸欠状態になるのです。そこで貧血や低血圧の症状が起こります。)

(著者注16:リウマチ(身体改造工事)は疲労が根本的原因です
から、完全に疲労を取らなければなりません。しかし、疲労を取ろうとして身体を休めると、この時とばかり溜まっていた疲労が一気に出てきます。この時に症状は一進一退を繰り返します。治らないのではないかと不安がよぎるのもこの時です。こうした時に治療を休んではいけません。例えば運動をやっていた人が急に休むと体中に疲労が原因の痛みが出てくることがありますが、それもこうした疲労の解消途中の現象なのです。)

(著者注17:この足が動かない、上げられない原因と治療の方法は自然形体療法以外では発見されたことのない症状であり、世界で初めての治療法です。症状から診断し、指示通り、言ったとおりにすれば奇跡や魔法のようにその場で治ります。お母さんの冷静な判断も立派でした。)

(著者注18:患者自身が実感する症状としては変わらないようでも、私の目から見て、身体は確実に変化し、峠を越したことが、はっきりしてきましたので、これからは社会復帰を視野に入れた、そして、患者自身にも目に見えた回復が期待できる時期になりました。疲労回復の峠を越えたのです。これで、後は時間がたてばどんどん回復してゆきます。)

(著者注19:寒い所にいると、体温を維持するために体中の筋肉を震わせて熱を作ります。これがほかの作業と重なって、この方の取って過労となり、筋肉疲労となって、リウマチの原因になったのです。)

(著者注20:これは貧血や低血圧の解消法です。すぐに効果が出ますから試しては如何?二日酔いのときにも有効です。)

(著者注21:治療で決して揉んだりしません。揉む事を禁じています。これは勘違いというより、説明や表現のできない部分です。)

(著者注22:新潟と東京を掛け持ちしているので、週3回しか治療できません。毎日出来れば良いのですが、身体はひとつですので、こればかりはどうにもなりません。)

(著者注23:血液検査の数値が改善されたことは病院では薬を飲んで改善されたと思っているでしょう。また、学術研究などでは治療に効果があったと報告されているかもしれません。しかし、事実は全く逆です。薬は全く服用せずに、自然形体療法でここまで回復したのです。しかし、症状はまだある。数値は一体何を表すのか?)

(著者注24:現在社会復帰して、出勤しながらの治療ですが、悪化もせず、逆に回復しています。足の浮腫みも非常に少なくなり、早ければ年内には治ると思われます。)